カミーノ ことばの巡礼  

深いところで私を変えたカミーノ巡礼。記憶を言葉に還していきます。

巡礼10日目③ 私が歩いているのではない 導かれているのだ

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巡礼10日目③ グラニョン

 

止んでいた雨がまた降りはじめていた。

手袋をしていない手がかじかんだ。

上りの道がじわじわ続いていた。

早くアルベルゲのある村に入りたかった。

 

凍えそうに寒くて、それでもまだ坂道で、

だんだん腹が立ってきた。

誰もいないのを確認して大声で叫んだ。

 

「もうやだああああー!もうやだあああー!」

 

 

午後四時を過ぎて、やっとグラニョンに到着。

地図によると、アルベルゲは数件あるようだった。

イレーヌが「いいアルベルゲ」だといったのはどこなのか?

 

考えるのも面倒で、一番近い宿に入った。

ザ・バックパッカーの宿、という感じのアルベルゲ。

手作り感満載の、漆喰と梁がむき出しになった内装。

ベッドは6つのみで、寄付制だった。

 

部屋の奥に、先客のペリグリーノ(巡礼者)が二人いた。

大きな男の人たちで、むさくるしかった。

空いているベッドは奥の二段の上しかない。

そしてなんたることか、ここは暖房がなかった。

 

 

けれどとにかく荷物を下ろし、上のベッドにあがろうとして困った。

ハシゴがなかった。

小さい私はベッドにとびあがれない。

フリーズしていたら、下のベッドの男の子が椅子を持ってきてくれた。

 

「ありがとう!」

 

瞑想的なブルーグレーの瞳をした、きれいな男の子だった。

私は一瞬で嬉しくなった。(単純だ・・・)

 

シャワーを浴びて戻ると、二人の男の人が出て行くところだった。

暖房と乾燥機のある別の宿に変更するらしい。

ベッドが空いたので、私は下に移動した。

 

「こっちに移動することにした」

 

きれいな男の子にそう言うと、

彼はこくんと頷いた。

物静かなその感じに、ぐっときた。

 

 

アルベルゲを出て小さなカフェで、今日のあれこれをメモした。

イレーヌは別の「いいアルベルゲ」にいるのだろうと思った。

それから、カフェの前の教会に入った。

 

 

その教会は穏やかで、神聖な空気に満ちていた。

古い時代からの祈りが、教会の壁を幾重にも覆っていた。

小さなキリスト像があった。

クリスチャンでもないのに、私は何度も祈った。

 

ここまで歩いて来られたことが、無性にありがたかった。

今日、雨の中であった人たちを思った。

イレーヌ。キムさん。

車に乗せてくれたスペイン人のおじいさん。

試練の一日だったけど、

だからこそ人の優しさが身にしみた。

 

ふっと言葉が降りてきた。

「私が歩いているのではない。導かれているのだ」 

 

・・・そう、私は導かれるまま進んでいる。

祭壇の上に置かれた巡礼者のためのノートに、

私はその言葉を書いた。

 

 

教会を出ると不思議なくらいに満たされていた。

 

外はあいかわらずの雨。

洗濯物は乾かないだろう。

かまわない。明日歩きながら乾かせばいいのだ。

ベッドさえあれば天国だ。

温かいシャワーがあれば最上だ。

かみさま、ありがとうございます。

 

 

宿に戻ると、夕食もドナティーボだった。

薪ストーブのある簡素な食堂。

同席者はスペイン人の夫婦と、あの男の子と私だけ。

四人で食卓を囲んだものの、誰一人喋らない。

 

ただ、お皿やビン類が手から手へ無言で渡された。

古いサイレント映画のようだった。

どうして誰も喋らなかったのだろう。

喋ろうと思えば喋れたはずだった。

でも誰も何も話さず、ただ静かに夕食が終わった・・・。

 

 

私は本当は、あの男の子に話しかけたかった。

どこからきたの、とか、あなたの名前は、とか。

でも勇気がなかった。話の口火を切る勇気がなかった。

 

薪ストーブの中で火だけが、ただはぜていた。

 

ベッドに戻り、寝袋の中で、私は思った。

明日の朝は勇気を持って、あの男の子の名前をきこう。

なんだっていい。メチャクチャな英語でかまわない。

自分から話しかけよう。 後悔したくない。

 

疲れ切っていた私は、

あっという間に眠りに落ちた。

 

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