巡礼37日目① カミーノで私が体験した一番の奇蹟は、このイヴとの再会だ。奇蹟は、ある。
巡礼37日目① フィステーラ → サンチャゴ・デ・コンポステーラ
涙が出て仕方なかった。心の水道管が破裂して、両目が壊れた蛇口になった。
バスの外の風景は美しいのに、何を見てもかなしくてしょうがなかった。
昨日までイヴと一緒に歩いた道。今日は私一人、バスに乗って辿っている。
フィステーラからサンチャゴへ帰るのだ。イヴとは朝、海で別れた。
もう会うことはないと思ったので、連絡先も教えなかった。
イヴは「刀で切るように」ばっさりと、顔をそむけて去って行った。
その去り方があまりに強烈で、ぐさっと胸に突き刺さったので、ひどい痛みが残った。
普通はよお、日本人ならよおお、最後まで手を振ってとか、するだろうによおおお。
バス停でバスを待っていたら、別のペリグリーノがこのバス停じゃないと教えてくれた。
祝日だから停留所が違うらしかった。
言われた方に移動すると、二人の韓国人ペリグリーノがいた。
一人はイヴが「サンジャンで会った変な髪の韓国人」と呼んでいた巡礼だ。
長い黒髪の下半分を金色に染めている。
フィステーラの灯台に行く時にすれ違って、イヴと一緒に挨拶したから覚えていた。
韓国人「時間が違うらしいよ。休日ダイヤらしい」
わたし「あなたたちもサンチャゴ?」
韓国人「ぼくらはムシアに行く」
わたし「サンチャゴ行きのバスは何時に出るのかな?」
韓国人「待ってて。ぼくたちが聞いてきてあげる」
二人はとても親切だった。
近くのアルベルゲに行き、オスピタレイロに聞いてきてくれたのだ。
その情報によると9時45分のバスは欠便。11時までないという。
二人にお礼を言ってから、私は一人で町をぶらついた。
駅前のお土産物屋を物色。フィステーラTシャツを買った。
それからカフェでコラカオを飲んだ。一人で飲むコラカオはそれでも甘い。
思い出すのはイヴのことばかり・・・。
イヴは朝、どうしても伝えたかったのだろう、スマホで翻訳した日本語の文章を私に見せた。
「君と見る太陽が今日はいつもと違って見える」
そんな内容だったが、中国語のような変な翻訳文だった。
Google翻訳のフランス語文を見たイヴが「これ中国語?」と言ったのを思い出した。
11時にバス停に行くと、かなりの数のペリグリーノがすでにいた。
私は誰とも話したくなかった。
バスには最後に乗ったので、通路側の席が一つ空いていただけだった。
窓の外にフィステーラの海。
見たら泣いてしまうから見ないようにしたけど、それでも涙が溢れてきた。
だめだ、私、壊れた。
隣のペリグリーノが心配して、話しかけようとするそぶりをする。
何も聞かれたくないから、耳にイヤフォンを突っ込んだ。
音楽なんか聴いちゃいない。滂沱と涙があふれ続けた。
30分ほど経って、バス停でも何でもないところでバスが止まった。
通路を挟んだ向かいの席に座っていたスペイン人の婆ちゃん二人が、そこで降りた。
これ幸い。私は席を移動して窓側に座り、心おきなく泣くことにした。
Ceeで。バスは止まった。もともと停車する予定だったようだ。
止まった窓ガラスの向こうに、・・・イヴがいた。
心臓が止まるかと思った。私はバスから駆け下りた。
わたし「どうしてここにいるの?」
イヴ 「君は9時のバスで出たんじゃなかったの?」
わたし「11時のバスになったの!」
イヴ 「僕は熱がある。だから歩くのをやめてバスに乗ろうかと考えていたんだ」
わたし「(命令する)乗って!」
満席の車内、私の隣だけが空いていた。
婆ちゃんたちが降り、私が窓際に移動して座らなければ、イヴを見つけることはなかった。
バスの時間が変更になったのも、私が窓側の席に座ったのも、人智を超えた出来事だ。
イヴだって熱を出さなかったら、この時間にバス停にはいないはず。
このまま別れちゃいけないと神様に言われてるとしか思えなかった。
私はもう、このシチュエーションにサレンダーするしかなかった。
わたし「イヴだ! イヴだ! イヴだあああああ!」
泣いてばかりいたのに、イヴと手をつないだら、安心して笑顔になった。
もう少しだけ、イヴと一緒にいられる。
ほっとしたのだろう、サンチャゴに着くまで、私たちはバスの中で爆睡した。
カミーノで私が体験した一番の奇蹟は、このイヴとの再会だ。
奇蹟は、ある。