巡礼３９日目 歩きながら私は、足の裏から頭の先まで、感謝でいっぱいだった。
巡礼３９日目 アンダイエ → ルルド
ミネラルウォーターの値段が急に上がった。
そうだ。スペインじゃない、ここはフランスなのだ。
物価の違いに戸惑いながら駅前のカフェで朝食をとった。
アンダイエからダックスで乗り換えてルルドへ向かう。
隣に座ったお婆さんはベトナム人。
ハスキーボイス。素朴な外見なのに、ただならぬ色気と香り立つような倦怠感。
マルグリット・デュラスを彷彿とさせた。
デュラス「・・・どこから来たの？」
わたし 「日本から」
デュラス「・・・ベトナムを知ってる？」
わたし 「はい。でも、あまり知りません」
彼女の魅力に悩殺されて、私はドキドキしっぱなしだった。
私の語学力を察してデュラスはほどなく沈黙した。（彼女は訛りのある英語で喋った）
向かいの席にいたフランス人女性とベトナム人男性がご家族のようだった。
二人ともとても裕福そうな身なりをしていた。
デュラスはふと思い立ち、前の空いている席に移動した。
そして窓から外を見ていた。
ガラス越しに映る彼女のシワだらけの横顔が、私の席から見えた。きれいだ。
どれだけ多くの恋愛体験をしてきたんだろうか。いくつになっても「女」は存在する。
ルルドに到着して、私はまず帰りの切符を購入。
予約していたTGVの座席をとろうとしたが、すでにコンプリッ（満席）！
窓口のお姉さんに説明して、後発の便に振り替えてもらった。
安い席だからお金が返ってきますよ、と笑顔で言われた。
実は、この時点で私はかなり感動していた。
だって・・・フランス語でやりとりできているんだよおお！ すごいぞ私！
毎日イヴと話していたおかげだと思った。
さて。聖地へ行く前にまずは腹ごしらえ。
と思って辺りを見ると、見慣れたカミーノの黄色い矢印を発見！
ホタテ貝マークのついた巡礼事務所が目の前にあった。
私はリュックにコキーユ（貝）をつけていたので、巡礼だということはすぐ知れたと思う。
案内人「これからサンチャゴまで巡礼に行くの？」
わたし「いいえ。もう行ってきたの！」
案内人「行って来た？」
わたし「はい、徒歩で９００キロ。歩いて来たの！ サンチャゴ、フィステーラまで！」
案内人「すばらしい！・・・入って。お茶をどうぞ。スタンプを押しましょう」
私のクレデンシャルにルルドのスタンプが押された。
イヴの知らない私だけのカミーノが続いていた。嬉しかった。
隣に小さなバールがあったので軽食を注文。
私の格好を見てだろう、店の姉さんにも同じことを聞かれたので同じように答えた。
姉さん「すごい！・・・じゃあ、スペシャルプライスにしなきゃね！」
わたし「スペシャル？」
姉さん「まけてあげる。あなたはすばらしいペリグリーノだもの」
わたし「ありがとう！」
今、こうして書いていても泣けてくる。
サンチャゴに行ってきたと言ったら、みんなとてもやさしくしてくれた。
フランス人は冷たいと聞いていたが、全然そんなことないじゃないか！
ルルドには、カミーノ巡礼前に来る人が多い。
というか、普通はそうする。ルート的に効率がいいからだ。
でも私はどうしても巡礼後にルルドに来たかった。キャンドル行進が見たかったから。
私が出発したのは３月。その時点では、行進はまだやっていなかったのだ。
予約していたstudioも最高だった。
イヴがここにいたら、きっと喜んだだろうキッチン付きのstudio。
重いリュックを下ろして、私はサンクチュアリへ出かけた。
聖域はやさしいエネルギーで満ちていた。
辺りはお土産屋さんがひしめいて、俗世の商売欲がみなぎっているにもかかわらず。
以前、私はイタリアのアッシジに行ったことがある。
聖フランチェスコの聖地だ。
そこも明るくやさしいエネルギーに満ちていた。
祈りが日常的に行われている場所特有の清らかさがあった。
だが確実に違うのは、ルルドは圧倒的に聖母のエネルギーだということだ。
母性、女性の慈愛の波動。商売根性も受容する、清濁混合の土地。
ミサもいろんな国の言葉で行われ、様々な国籍の信者を受け入れている。
アッシジはどちらかというと父性だ。（私はなぜか高野山の奥の院を思い出したものだ）
流れ続ける川の音。祈りの声。
きらめきながら、こんこんとあふれ続けるガブ川の聖なる水。
車椅子の人たちがグロット（洞窟）へ向かう。私も向かう。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
歩きながら私は、足の裏から頭の先まで、感謝でいっぱいだった。
