巡礼34日目② 言葉ではわからないけど、君の言いたいことを、僕は心で感じる。
巡礼34日目② ビラセリオ
「美しいものを見ることは精神に作用する」
ミケランジェロの言葉だったか。
歩きながら、ふっとその言葉が落ちてきた。
あまりにも美しい道だったから。
とはいえ何の変哲もない田舎の山道だ。
空が青くて、花が咲いて、緑が輝いている。
道はまっすぐ続いていて、ほとんど人はいない。
小さな村があって墓地があって教会がある。
私はふと思った。
美は「物の中」にあるというより、感じる「心の中」にあると。
それをイヴに伝えたかった。
しかし、なかなか哲学的な内容だ。10年前の仏検3級取得者には難し過ぎる。
知ってる単語を駆使して、ジェスチャー付きでイヴに伝えた。
イヴじゃなかったら恥ずかしくていえないと思うくらいメチャクチャなフランス語だ。
いつものように穏やかに微笑みながら、イヴは私の言葉を聞き、そして言った。
イヴ 「言葉ではわからないけど、君の言いたいことを、僕は心で感じる」
わたし「・・・ありがとう」
わたし「 日本に帰ったらフランス語を勉強する。もっと話せるようになりたい」
イヴ 「3000語の単語の知識があれば日常会話ができるというよ」
わたし「3000。わかった。3000語!」
ビラセリオのアルベルゲはバールを兼ねていた。大きな庭もあった。
思いのほかたくさんのペリグリーノが庭のあちこちで休んでいた。
シャワーと洗濯をしてから、私たちはバールでお茶をのみ、それから散歩した。
とりててて見るところもない素朴な村の風景。
でももう二度と見ることはないだろう、この景色。
そう思うからだろうか。
目に映るすべてが、はっきりと息づいて存在していた。
夕食はバールで。ペリグリーノ・メニューにした。
店のお姉さんが話せるのはスペイン語のみ。
姉さん「(スペイン語で)ワインと水どっちにしますか?」
イヴ 「ヴィーノ?」
わたし「Oui, rouge。(姉さんに)ヴィーノ・ティント」
姉さん「(メモを書きながら)サラダかスープは・・・」
わたし「(イヴに)Salade ou soupe?」
イヴ 「Salade」
姉さん「ロシアンサラダかエンサラダ」←ポテトサラダかミックスサラダ
わたし「エンサラダ。(イヴに)Salade, pommes de terre ou mixte?」
イヴ 「Mixte」
わたし「(姉さんに)エンサラダ。ドス!」
姉さん「肉と魚は?」
わたし「(イヴに)Poisson, n'est-ce pas?」
イヴ 「(笑顔で)Oui」
わたし「(姉さんに)フィッシュ。ドス!」
姉さん「ポストレ(デザート)はナティージャスかフランか・・・」
わたし「フラン! (イヴに)Tu aimes le pudding? 」
イヴ 「(嬉しそうに)Pudding!」
わたし「フラン。ドス!」
姉さん「(笑いながらスペイン語で何か言った)・・・!」
隣のテーブルではコリヤンボーイが女の子二人の巡礼と話していた。
歯切れのいい英語で話しまくっている。ものすごく楽しそうだ。
やはりペリグリーノの共通語は英語なのである。
コリヤンボーイの英語が時々つまると、女の子たちは耳をすませて彼を見た。
かえって流暢に話せない方が、人は心で触れ合おうとするものなのかもしれない。
わたし「(食べながら)おいしいね」
イヴ 「(食べながら)おいしいね」
間
わたし「君と一緒に歩けて私はしあわせだ」
イヴ 「僕もだよ」
わたし「ありがとう」
イヴ 「ありがとう」
コリアンボーイは二人の女の子のうち、どちらかを口説き落とすのだろうか?
三人の会話はどんどん盛り上がっていくようだった。
彼らも、この旅が一期一会の出会いでできていることを、おそらく知っているのだ。
イヴ 「ここは僕が払うよ」
私とイヴは交互におごりあっていた。今夜はイヴの番。
バールのお姉さんにフランス語で「お勘定お願いします」とイヴが言う。
お姉さんがスペイン語でイヴに何か言ったら、イヴは笑ってグラシアスと答えた。
平置きのベッドに向かい合って、私とイヴは明日の時間を決めずに眠る。
約束なんてしなくても、同じ時間に目が覚めてしまうのだ。
(たいていイヴの方が行動が素早く、私はもぞもぞしてから動くのだけど)
あさってはもうフィステーラに着いてしまう。
なんてあっけない道なんだ。本当に本当にカミーノが終わるのだ。
終わらないでほしい。
私はイヴのことが大好きになっていた。