カミーノ ことばの巡礼  

深いところで私を変えたカミーノ巡礼。記憶を言葉に還していきます。

巡礼22日目① 僕は彼との思い出を、本当に思い出にするために歩いてるんだ。

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 巡礼22日目① サンタ・カタリーナ → リエゴ・デ・アンブロス

 

朝。金星が輝く巡礼道はまだ暗く、肌寒かった。

買ったばかりのストック(杖)を片手に、私はイヴと歩き出した。

手袋のない私の手は、冷たくかじかんだ。

 

ペリグリーノはたいてい、ストックを二本持っていた。

そのほうがバランス良く歩けるからだ。

でも私は一本しか必要なかったし、イヴはストック無しだった。

 

イヴ 「君はもう一本、杖があった方が良かったんじゃない?」

わたし「私はもう一本、杖を持っている」

イヴ 「?」

わたし「Tu es mon bâton(君が私の杖です)」

イヴ 「・・・!(嬉しそうに笑った)」

 

太陽はあっという間にのぼり、日射しで体はどんどん温かくなってくる。

青としか言いようがない空に、白い雪をかぶった山が見えた。

 

牛や馬が放牧されている風景をいくつか過ぎる。

まっすぐにのびる、荒涼たる、ワイルドな山道。

朝の空気がおいしかった。

突如として現れる泉の水も、冷たくてとびっきりおいしかった。

 

まわりの自然を見てイヴは、「Sauvage」という単語を言った。

「ソヴァージュ」とは、私の知識の中では女性のウェーブ・ヘアのことだった。

くねくねした、とか、うねりのある、という意味かと思ったが景色と合致しない。

私はイヴにスペルを聞いてメモした。

後で調べると「野生の」という意味だった。

なるほど。もうこれでこの単語はぜったいに忘れない。

 

私は続いてイヴに、ずっと聞きたかった質問をした。

 

「どうしてカミーノを歩いてるの?」 

 

この質問は実は、最初にアタプエルカで会った時に交わしていたものだ。

でも私にはそのとき、彼のフランス語の答えが理解できなかった。

ききとれなかったのだ。

ただ、友達が死んだからだ、ということだけはわかっていた。

だからこそもう一度聞きたいけど聞きづらくて、ずっと問わずにいたのだった。

 

イヴはちょっと間をおいて、それから穏やかに答えた。

私に理解できるよう、ゆっくりと、簡単な言葉を選びながら。

 

「僕には大切な友だちがいた」

「山登りやトレッキングのとき、僕たちはいつも一緒だった」

「いつも、いつもだ」

「自転車や徒歩で、僕たち二人はたくさん旅をした」

 

「でも彼は死んでしまった」

「僕はまだ、彼がいないさびしさに慣れることができない」

「僕はまだ、彼の死を受け容れることができない」

「僕は彼との思い出を、本当に思い出にするために歩いてるんだ」

 

イヴは着ているTシャツを私に見せて、言葉を続けた。

 

「これは彼のTシャツだ」

「彼は前に、サンチャゴに行ったことがあった」

「これはそのとき彼が買ったものなんだ」

「僕たちは、次にサンチャゴに行く時は一緒に行こうと約束していた」

「一緒に徒歩で、何十日もかけてカミーノを歩こうと」

「でもそれはできなくなった」

 

「僕は数ヶ月間、哀しみから抜け出すことができずにいた」

「でもそれではいけないと思った」

「僕はカミーノを、一人で歩くことに決めたんだ」

 

そのTシャツは、イヴがずっと着ていたものだった。

私は言った。

 

わたし「つまりあなたは彼と一緒に歩いている」

イヴ 「(優しい声で)Oui」

わたし「私たちは三人で歩いている」

イヴ 「・・・(ちょっと微笑んで)Oui」

      間

イヴ 「巡礼の終わりに、フィステーラの海で、僕はこのTシャツを燃やす」

わたし「(うなずいて)・・・友達の名前は?」

イヴ 「ダニー」

わたし「ダニー」

イブ 「・・・・・・」

 

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ソバージュな登り坂がじわじわ続いていた。

これから行くイラゴ峠は標高1500。

ワイルドだ。

 

青空にそびえる、美しすぎる山の上には雪。

太陽はまぶしく、もはや暑い。

生きているのがうれしい。

 

一本だけの杖をコツンコツン鳴らしながら、私は元気に歩いた。

杖の音を、ともに歩むダニーの足音のように感じながら。

 

 

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