カミーノ ことばの巡礼  

深いところで私を変えたカミーノ巡礼。記憶を言葉に還していきます。

Etape6  Les Quatre-Chemins ~ Saint-Chély-d'Aubrac ②

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Les gîtes du Royal Aubrac

 

Etape6  Les Quatre-Chemins ~ Saint-Chély-d'Aubrac②  25km?

 

ホテルのある村に着いたのは14時半近く。

あの、見知らぬ誰かの足跡がなかったら、私はたどり着けなかったと思う。

風雪の中に、大学のような立派な建物が見えた時、私は神に感謝した。

 

私を導いてくれた足跡は、目の前の舗装道路の中に消えていた。

その足跡にも、私は手を合わせて拝んだ。

 

「神さま、ありがとうございます・・・!」

 

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雪は小降りになっていた。

私は『Royal Aubrac』のホテルを目指して坂道を登って行った。

やっと、あたたかなシャワーが浴びられる。

やっと、あたたかなカフェオレが飲める。

やっと、やっと一息つける・・・!

 

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が、しかし。

『ロイヤル・オブラック』は閉まっていた。誰もいない。

入り口の案内板を見ると、15時オープンと記されている。

私は近くのベンチに座って待った。

 

15時。

入り口に戻ったがやはり誰もいない。開く気配すらない。

こんなに大きなホテルなのに、なぜ?

昨日のカトルシュマンのオーナー、マリは絶対泊まれるって言ったのに・・・。

 

しばらく待ったが、何一つ動かない時間が過ぎるだけ。

私は案内板に書かれたフランス語の手書きの字を、目を皿のようにして読んだ。

 

「不在の時はここに電話してください」

 

そんなこと言われても・・・私、電話できないんですけど!

仕方ない。

私は坂を下り、近くに人がいる場所がないかどうか、探しに行くことにした。

 

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坂を降りていく途中で、見覚えのある青いポンチョが見えた。

ウルリケだ!

私たちは再会を喜んだ。

 

わたし 「ウルリケ、大丈夫だった?」

ウルリケ「国道を歩いてきたのよ」

 

ウルリケは『Miam Miam Dodo』のページの切れ端を私に見せた。

なるほど。ナスビナルから道が二つに分かれていた。

一つが牧草地を行く山道、もう一つは国道沿いの道。

他の巡礼はみんなそれを知っていて、そっちのルートを行ったのだと思った。

 

私のガイドブックは薄いミシュランだったので、

そんな情報は載っていなかった。(軽量なのはいいんだけどね)

心の底から『Miam Miam Dodo』が欲しくなった。

よし、次に本屋のある街に行ったら絶対買うぞ、『Miam Miam Dodo』。

私は心に誓った。

 

ウルリケは手袋をしていなかった。

私は自分の両手で彼女の両手を温めた。

大丈夫よ、とウルリケは笑った。

 

「私が電話をする」とウルリケが言うので、二人でもう一度入り口に戻った。

案内板の番号を見て、ウルリケは電話をかけた。

通じたらしい。・・・しかし。

ちょっと話してから、ウルリケは黙り、プンプン怒って電話を切ってしまった。

 

わたし 「(日本語で)どうしたの?」

ウルリケ「(フランス語で)ったくフランス人! 巡礼に優しくないッ!」

わたし 「(フランス語で)なんて言ったの?」

ウルリケ「あんな早いフランス語で話されたって、わかンないジャない!」

わたし 「・・・」

ウルリケ「私のフランス語は理解しないしッ! 失礼よッ!」

わたし 「・・・」

ウルリケ「フランス人は巡礼に優しくないッ!」

わたし 「・・・」

ウルリケ「一人だからって暖房つけてくれないし。宿も開けない!」

わたし 「・・・」

ウルリケ「巡礼者が少ないから、儲けにならないから営業しないんでしょう?」

わたし 「・・・」

ウルリケ「優しくないッ!」

       間

わたし 「(日本語で)で、ウルリケ。電話切っちゃったんだね」

ウルリケ「坂の下にカフェがあったわ。他にホテルがないか聞きましょう」

 

私たちはまた坂を下り、カフェに行った。

が、カフェも閉まっていた。15時でクローズだったのだ。

 

ウルリケ「フランス人働かない! Merde!(クソッたれ!)」

わたし 「どうしよう」

ウルリケ「MIKI、私ヒッチハイクするわ」

わたし 「ヒッチハイク!」

ウルリケ「私おばあさんだからこれ以上歩けない・・・」

 

確かに。この先、宿がある町はSaint-Chéiy-d'Aubrac。

ここから10km先だ。私ももう歩けない。

休もうと思って目の前の聖堂に行ったが、そこもクローズ。

 

近くの駐車場でウルリケが、「ちょっとpipi(おしっこ)」と言って離れた。

ポンチョを着ているから、しゃがんだだけではそれとはわからない。

ポンチョって便利だな、と思った。

 

と、リュックを背負っていない初老の夫婦が、聖堂の裏手からやってきた。

pipiを終えたウルリケが、二人に話しかけた。ドイツ語だ。

なんの話か全くわからなかった。

 

「あの二人はね、スイス人。巡礼じゃない。金持ち。別荘持ってる」 

「スイス人はドイツ語を話すの。でもきれいなドイツ語を話せるのは金持ち」

「スイスはね、北と南でドイツ語のバリエーションが違うの」

「あの人たち、ホテル今日満室なの?ですって。ンなわけないでしょ!」

 

二人と別れてからも、ウルリケは文句ばかり言っていた。

そうこうしながら国道を歩いていると、車が通った。

私たちが小学生のように元気に手をあげると、車は止まった。

赤い帽子のおじさんが窓から顔を出した。

 

赤い帽子「どこまで?」

ウルリケ「Saint-Chéiy-d'Aubrac」

赤い帽子「行かない。俺が行くのはSaint-Côme-d'Oltだ」

ウルリケ「Saint-Côme-d'Olt? そこまで行くのは早過ぎるわ!」

赤い帽子「道が違う。Saint-Chéiy-d'Aubracへ行くのはあっちだよ」

 

おじさんは、逆の道を指差した。

どうやら私たちは別の国道を間違えて歩いていたらしい。(やばかった)

私たちはおじさんに挨拶して道を戻った。

 

雪が止んだ。寒さは相変わらずだったが、二人だったから心強かった。

聖堂の前に戻った時、別の車が通った。

汚れた軽トラック。荷台に三角コーンやロープ、チェンソーなどを積んでいる。

森林管理組合のようなロゴマークが車体に描かれていた。地元の人みたいだ。

今度は私がフランス語で聞いた。

 

わたし 「Saint-Chéiy-d'Aubracへ行くのは、この道であってますか?」

軽トラ 「(なまりが強いフランス語で)あってます。近道があります」

ウルリケ「近道?」

軽トラ 「ここから20分まっすぐ進むと、標識が出ています」

 

急いでいたらしい彼に、私たちはお礼を言って別れた。

歩く私たちの後を、犬がついてきた。

かわいいから嬉しくなって、私とウルリケは犬と一緒に歩いた。

 

ウルリケ「国道だもの、歌いながら歩いてたら着くわよ」

 

歌いながら歩き、30分経過。が、標識は見当たらない。

ウルリケはまた不機嫌になってきた。

 

ウルリケ「MIKI、標識って見かけた?」

わたし 「ノン」

ウルリケ「・・・」

       間

ウルリケ「本当にフランス人、優しくない!」

わたし 「・・・」

ウルリケ「あの人たちの20分は、2時間なのよ!」

わたし 「・・・」

ウルリケ「でもドイツ人は違う! ドイツ人は時間に正確!」

わたし 「日本人もだよ」

ウルリケ「そう。時間に正確なのは、ドイツと日本だけッ!」

 

国道は長かった。犬もいなくなった。

私たちは空腹で、疲れ切っていた。

 

・・・と、そこへさっきの軽トラがやってきた。

なまりの強いフランス語のおじさんは、車を止めて私たちに言った。

 

軽トラ「(ジェスチャーして)乗りなよ!」

二人 「(喜ぶ)メルシー!」

 

私たちは荷台にリュックを押し込むと、狭い助手席に飛び乗った。

おじさんは私たちが気になって、仕事を済ませて戻ってきたのだという。

なんというジェントルマン!

 

軽トラ 「オブラックの宿は全部クローズです」

ウルリケ「そうなのよ〜」

わたし 「私たち困っていました。でも、あなたが助けてくれた」

軽トラ 「当然です」

ウルリケ「(満面の笑顔で)親切ね〜!」

わたし 「・・・」

 

そこからは、全く別のパラレルワールドに入ったようだった。

車から見える空はみるみる晴れていき、雪どころか暑くなってきた。

Saint-Chéiy-d'Aubracについた時、すっかりブルーに輝いていた。

 

Saint-Chéiy-d'Aubrac

 

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それなりに大きな村だったので、私たちは観光案内所で宿を探した。

そこにちょうど、ジットのオーナーだという男性がミニベロを持って入ってきた。

ベッドはあるからうちにどうぞ、案内するよという。

私たちはお礼を言ってついて行った。

 

Gîte d'étape Communal 『Chez Fanny et Jérémy』

 

彼のジットには巡礼者が溢れかえっていた。おお、これぞカミーノ!

やはり違うパラレルワールドに入って、別の次元に移動したとしか思えなかった。

 

指定されたのは二段ベッドだったので、下のベッドをウルリケに譲った。

荷物を置き、シャワーを浴びようと部屋を出た。

シャワー室のドアを開けると、上半身裸で、濡れた白髪の男性が中にいた。

「パードン!」と言って、私は慌ててドアを閉めた。(カギ閉めといてよ〜)

 

その白髪の男性の名前はベルナール。

私とウルリケと同室だった。

フランス人にしては小柄で、腰まである長い白髪を無造作に一つにまとめている。

旅慣れた感じで、「若い頃は遊んできたぜ」という匂いがプンプンする。

部屋でもサングラスを外さない。ヘビースモーカー。

でも人懐っこい笑顔で、べらんめえ調のフランス語でゆっくり話してくれた。

  

ウルリケ 「MIKI、あなたの靴下は変ね」

わたし  「五本指。日本製。最高。足にampoule(マメ)なし!」

ベルナール「俺のスマホがねえぞ」

ウルリケ 「シルクね・・・。シルクってフランス語でなんだっけ?」

わたし  「知らない」

ベルナール「俺のスマホがねえんだ。知らねえか?」

わたし  「(日本語で)寝袋の下じゃない?(ジェスチャー)」

ウルリケ 「シルクってなんだっけ・・・ほらあの虫が・・・」

ベルナール「(寝袋をめくり)あった」

わたし  「(日本語)あった! よかったね!」

ウルリケ 「ベルナール、silkってフランス語でなんて言うの?」

ベルナール「(スマホで検索して見せる)soie

私・ウルリケ「(一緒に発音)soie!」

 

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夕食は別々に食べた。

私は最初にキッチンを占領し、エピスリーで買った野菜でスープを作った。

ベルナールはサラミとサーディーン缶詰を開けて、バゲットをちぎった。

食べた後、私はベルナールの隣に座って聞いた。

 

わたし  「(地図を出して)あなたは今日どこから歩きましたか?」

ベルナール「Finieyrols。あなた(vous)じゃなくていい。君(tu)で話せ」

わたし  「Finieyrols。(日本語で)じゃあ私の一つ先か。私は今日ここから」

ベルナール「(私が指した場所を見て驚き)Quatre-Chemins? 遠いな!」

わたし  「すごい雪だったよね、オブラック。嵐。私は死んだ」

ベルナール「雪はもう終わった。明日は晴れだ」

 

私はベルナールに今日あったことをカタコトで説明し、彼からも情報を得た。

そして、わかった。

ここにいる巡礼は、ほとんどがナスビナルから歩き出していること。

ジョンという足の悪い巡礼がいたが、オブラックを越えられなかったこと。

(黒いポンチョの彼だ!)

 

ベルナールは国道を通らなかった。そして私より少し先から歩き出していた。

ということは、つまり・・・私が辿った足跡の主は、彼だったのだ!

 

「ベルナール、ありがとう!(絵で足跡を描いて)私は君の後を追跡したの!」

「これ(足跡)が私を救ったの!」

「ありがとうありがとうベルナール!」

 

私はめちゃくちゃ感謝した。ベルナールは口を歪めて照れた。

 

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このジットには、ルピュイで一緒にミサにあずかったベルギー人夫婦も泊まっていた。

二人は私のことを覚えていた。(私は忘れていた)

そして、私のことを動画に撮ったと言った。

見ると、確かに彼のスマホの中に私がいた。

ノートルダム聖堂の玄関から、ぴょこっと顔を出していた。

 私たちは大笑いした。

 

「家内が出発するところを撮影していたら、いきなり君が顔を出したんだよ!」

 

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この日、私のスマホの万歩計によると、歩いた距離は25km。

そんなに長い距離じゃない。(車に乗ったからね)

でも歩数はなんと、51528歩!

どんなにハードだったか察していただけるでしょうか・・・。

 

 

ベルナール「ラジエーターは熱くなるぞ。長時間、手袋を乾かすな。危ない」

わたし  「わかった注意する。あなたはとても親切ね」

ベルナール「あなた(vous)じゃねえ。君(tu)で言え」

わたし  「Tu es très gentil!」

ベルナール「どういたしまして、Jeune fille(おじょうちゃん)」

わたし  「・・・(若くないんだけど)」

 

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