巡礼2日目 矢印をたどってただ歩く。それだけのことが舞い上がるほど嬉しかった。
巡礼2日目 バルカルロス→エスピナル
バルカルロスから先も国道が続いた。
N135と看板が出ている道を黙々と歩く。
雨が時々降っては止んだ。
風が強く、凍えそうになるくらい寒かった。
スペインとの国境近くにあるイバニェタ峠まで出ると、白い靄。
吹きすさぶ風で飛ばされそうになりながら、
ガイドブックに出ていた「ローランの碑」まで歩いた。
そこはなんとも不思議な、神秘的な空気に満ちていた。
古い妖気とでもいうか、
日本にはない太古の精霊が棲むようなエネルギーだ。
白い霧の中に、古い教会と白壁の納屋のような建物が見えた。
映画「ミツバチのささやき」のワンシーンのよう。
初めて見る風景なのに、なつかしかった。
高台から降りて教会の前に出ると、一台の車が止まっていた。
30代くらいのやさしそうな男の人が、フランス語で話しかけてきた。
「どこから来たの」
「今日はどこまで行くの?」
「サンチャゴまで何日間で歩く予定なの?」
私が聞き取れるのはそのくらいの質問のみ。
仏検3級を取得したのはもう10年以上前。
だから必死で記憶をたどり、言葉を探しつつ返事をする。
わからないところは英語になるのだが、私はその英語すらおぼつかない。
でも彼との会話はとても楽しかった。
「ぼくは犬と散歩に来たんだ!」
彼が「ミミ!」と呼ぶと、車の中から白い犬が飛び出してきた。
私にまとわりついて甘える。とてもかわいらしい。
しばらく一緒に遊んでいるうちに不安は吹き飛んだ。
名前も聞かなかったことが後で惜しまれた。
彼と別れて再び歩き始めると、一気に雲が晴れてきた。
私の心の変化のようだった。
さあ、この先はスペインだ。
ロンセスバージェスは目と鼻の先。
転がるように駆け出した。
そうだ、私はやりたかったことを今、かなえているんだ。
そんな実感が足の下から湧いてきた。
背中のリュックの重さも感じないほど軽快に走った。
矢印をたどって歩いていく。
ただそれだけのことが舞い上がるほど嬉しかった。