巡礼２８日目 オリーヴをくわえた鳩を見て、ノアは洪水の終わりを知った。
巡礼２８日目 バルバデロ → ポルトマリン
イヴは相変わらず体調不良。朝も食べなかった。
私は元気に歩いていた。ポルトマリンの教会に行くまでは。
わたし「この木はなに？」
イヴ 「Olive・・・Thym・・・ Laurier」
ポルトマリンの教会では、木の枝を持ったたくさんの人たちがミサの開始を待っていた。
私とイヴはもっと先まで歩く予定だったが、ミサに出たかったので参列した。
地元のお婆ちゃんが私たちにオリーヴの小枝をくれた。
石造りの教会はひんやりとしていた。
それまで日射しの中を歩いていた体が、一気に冷えた。
人が多かったので、私とイヴは教会の一番後ろの石段に座ってミサを待った。
どうやら今日は特別な祭日らしかった。
なんの日なのかイヴが説明してくれたが、知ってる単語が一つもなくて理解できなかった。
赤いローブを来た司祭が、信者たちが手に持っている枝を聖水で祝福してまわった。
私たちの枝も祝福された。
そのときからだ。私の体調がいきなりおかしくなったのは。
吐き気とめまい。寒気。
イヴは隣で敬虔に祈りを捧げていたが、私はそれどころではなかった。
聞いたことのある讃美歌が子どもたちによって歌われたときも、神経は耳でなく胃にあった。
ミサは３０分。
立ったり座ったりする中で、私の具合はどんどん悪くなった。
なんとか隣人との平和の挨拶をすませたが、もう限界だった。
吐きそう。視界がぐるぐる。熱も出てきた。
教会を出て、日射しの中に解放されるやいなや、私は座り込んだ。
大丈夫か、とイヴがきく。
ぜんぜん大丈夫じゃなかった。
イヴはと言えば、ミサのおかげで？すっかり元気になっていた。
カトリック信者（イヴ）についていた悪魔が、聖水で払われ、私にのりうつった。
不敬ながら本気でそう思った。
わたし「J'ai un peu de fièvre（私は少し熱がある）」
イヴ 「・・・（水を出す）」
吐き気とめまいも強かったので説明したかったが、単語がわからない。
私はリュックから〝フランス語会話〟のコピーを取り出し、単語を指して言った。
わたし「nausée（吐き気）、 vertige（めまい）」
イヴ 「・・・・・・」
わたし「（訴える）Chaud et froid！Différence！（寒暖差が激しくて、と言いたい）」
イヴ 「少し休めば良くなる？」
わたし「・・・・・・・」
イヴ 「お腹すいてる？」
わたし「Non」
イヴ 「歩ける？」
わたし「Non」
イヴ 「アルベルゲを探してくる。待ってて」
体調は最悪だったが、二人で良かったと心から思った。
イヴがいるだけで安心だった。
戻って来たイヴは、私の手を引いてアルベルゲに連れて行ってくれた。
すぐさまベッドに倒れ込み、私は眠った。
おそらく、私は疲れがたまっていたのだ。
一日も休まず毎日歩き続けてきたのだから。
教会で倒れたのは良いことだった。
体の深いところの声を、私は無視していたと思った。
短い時間ぐっすり眠ったら、体はケロッと回復していた。（素晴らしい）
イヴは散歩に行ってきた、と言った。
大きなタコをさばいていたよ、とジェスチャー。
アルベルゲのキッチンには、フランス式のテーブルセッティングがしてあった。
イヴが食事を作ってくれていたのだ。
ショートマカロニが入った野菜スープ。
トマトとアボガドのサラダ。ゆで卵。
バゲットにバター。そしてワイングラスに水。
おいしくて、イヴに心から感謝した。食べることができる体にも感謝した。
それから散歩に出かけた。ポルトマリンは大きな町だから人も大勢だ。
夕方だったけどまだ明るく、子どもたちがはしゃいでいて、にぎやかだった。
後から思い返すとその日は、復活祭の前の聖週間。
『枝の主日』という日だったのだと思う。
広場では、オリーブの枝が入ったカゴのまわりに、白い鳩が集まっていた。
わたし「（フランス語で）鳩は平和の象徴」
イヴ 「オリーブも」
わたし「・・・聖書。ノア。（ジェスチャー混じりに洪水を表現）海！水！嵐！」
イヴ 「（理解して）オリーヴをくわえた鳩を見て、ノアは洪水の終わりを知った」
ゆっくり歩けばいい。サンチャゴは待ってくれる。
私とイヴはなかなか暮れないポルトマリンの町を、ゆっくりゆっくり散歩した。
