巡礼5日目② 君はカミーノを歩いている この道は霊的な道だ
巡礼5日目 パンプローナ → プエンテ・ラ・レイナ ②
エウナテの教会で自転車に乗った修道士に会った。
彼は私にオレンジと洋梨をくれた。そして話し続けた。
神と悪魔のこと。天国と地獄のこと。
仏陀のいう輪廻転生はないこと。
一度さよならと言って去っていったのだが、
もう一度戻って来てまた語り続けた。
私は英語がそんなにできないのだ。
単語だけ引っかかってくることに答えているのみだ。
だが彼は熱意に溢れて、訴えるように私に話し続けるのだった。
神は死んでいない。今も生きている。
神は一人。すべて。
天と地と交わるところに神はいる。
つまり、いま、ここに。
キリストの十字架の意味を君は知らなければならない。
「あなたはメッセンジャーね」
私は彼に言った。彼は大きく頷いた。
そして情熱的になおも語り続けた。
アルベルゲに着くのがだいぶ遅くなるな・・・。
そう考えながら彼の話の終わるのを、私は待っていた。
彼は私にカトリックになるようにすすめた。
カミーノを君は歩いている。
この道は霊的な道だ。
君は洗礼を受けるべきだ。
それにしても不思議だった。
なぜ、私はこんなに彼の話を聞かねばならぬのか?
なぜ彼はこんなにも情熱的に私に話し続けるのか?
私はその日、初めて30キロ以上歩いたのだった。
修道士を別れてプエンテ・ラ・レイナについたのは16時。
ずいぶん遅くなった。
元修道院だったアルベルゲはいっぱいで、6人部屋の上のベッドしか空きがなかった。
私はくたくただった。
その夜はなかなか寝付けなかった。胸が苦しく、圧迫されるのだ。
天井が近かったからか。その場所の持っている磁場なのか。
異様に重いエネルギーが私を取り巻いていた。
部屋の中には他にも巡礼たちがいるのに、私は無性に怖かった。
そしてその夜、私は悪夢を見た。
石造りの高い塔。
窓の外に、何かが吊り下げられている。
塔の中から私はそれを見る。
サンドバックのように、ボロ布に包まれて揺れている物体。
それは吊るされた赤ん坊だ。
ふと後ろを見ると、おかっぱの少女がすぐそこに立っていた。
鋭いまなざしを私にむける。
その瞬間、私は気づいた。
ああ、この少女は私だ・・・!
少女が私に叫んだ。
「ちがう。あれがおまえだ!」
少女は高くとび上がり、窓の外の赤ん坊を蹴った。
ブチッと切れたロープ。
赤ん坊が落下する!
私は悲鳴を上げた。
そうだ。
あれは わたし。
あの赤ん坊は私・・・。
生まれてきたのに、生贄として殺されたのだ!
その瞬間、圧倒的な光が押し寄せた。
波のように。
祝福のように。
ああああああああああああ!!
絶叫して飛び起きた。
アルベルゲのベッドだ。みんな眠っている。
・・・叫んだのは夢の中だったのだ。
私はひどく泣いていた。心臓がばくばく鳴っていた。
でも、怖くなかった。
あれは良かったのだ。良いことだったのだ。
前世の記憶ともいうような、古い痛みの何かが、光に還っていったのだ。
その深い実感が、私を包んでいた。
記憶が蘇ったのは、33キロも歩いて筋肉が活性化したからだ。
フリーズされたままの記憶は筋肉の中にある。
(私にはそういう理解が降りてきた)
解放されないまま体の中に閉じ込められていた、
古い古い感情と記憶のしこりが、いま、光に還っていった・・・。
「カミーノを君は歩いている。この道は霊的な道だ」
そうだ、ここはカミーノ。
私の肉体はこの巡礼地を歩き、同時に魂は霊的な旅をしている。
朝が来るにはまだ時間があった。
私はシュラフの中で涙を拭いた。