Etape4 Le Falzet ~ Saint-Alban sur Limagole
Etape4 Le Falzet ~ Saint-Alban sur Limagole 23km
朝焼けとともに歩き出す。
見渡す限り牧草地。
朝にゃあ。
Le Sauvage
大自然のただなかに、一軒のジット。
その前に3人の巡礼がいた。出発するところらしかった。
川に面した、ジッドの庭先にリュックを下ろし、私は遅めの朝食を食べた。
一昨日、モニストロールの宿でおじさんが作ってくれたサンドイッチ。
あまりにデカくて食べきれず、まだ持っていたのだ。
バターで炒めた玉ねぎとチーズ。大丈夫まだいける。
空腹だったからおいしかった。
人口密度が極めて少ない地域を過ぎる。
この間、やはり誰にも出会わない。
標高1300mを越したころ、教会の標識を発見。
St-Roch(聖ロクス)の教会。
日本ではあまり聞かない聖人だが、このルピュイの道では有名なのだ。
この道の要所要所に、彼に捧げられた小さな教会がある。
聖ロクスは、伝染病よけの聖人。
モンペリエの生まれで、財産を貧しい人々に与えてローマに巡礼に出た。
だが当時イタリアでは、ペストが大流行。
ロクスは患者の看護に尽力するが、自分も罹患してしまう。
死を迎えようとしたところ、犬が食べ物を持ってきたり、
傷を舐めたりしたので病気が治ったという。
死後、彼は巡礼者からサンチャゴ(聖ヤコブ)と並んで讃えられるようになった。
聖ロクスの絵や像の横には、パンをくわえた犬が描かれている。
また彼自身は、傷のある足を見せるようにして立っている。
・・・と、上記のことは、帰国後に調べて知った。
何故なら後日、私は野犬に噛まれて、聖ロクスに大変お世話になったのだ。
でもそれはまた数日後の話。
St-Alban-sur-Limagnole
サンタルバンの町はそこそこ大きい。
まずは観光案内所を探し、今夜の宿を予約しようと思った。
Où est l’Office de Tourisme?
だが案内所が見つからない。
地図によると病院の敷地内にあるようだが、よくわからない。
病院の横には大きな城。だが、そこもクローズ中。
病院の一室のドアが空いていたので、覗いてみると、
20人くらいの女性たちがディスカッションしていた。
私は思い切って聞いた。
わたし「すいません。観光案内所はどこですか?」
数名の女性が口々に教えてくれた。要約するとこうだった。
「観光案内所は城の中にある。でも城は14時半にならないと開かない」
なるほど。昼休みであったか。
ではそれまでお茶しようと思い、坂を下ってメインストリートへ。
『Restaurant-Bar-Snack-Pizzeria du Centre』
と書かれた看板のバールに入り、カフェオレを飲み、水道水を調達した。
一息ついていると、昨日宿で一緒だったテントを背負ったミシェルが現れた。
ミシェル「ここに泊まるの?」
わたし 「もう少し先まで歩く」
ミシェル「僕は今日はここで終わり。ここに泊まる」
14時半。お城の中にある案内所で早速問い合わせる。
窓口には、でっぷり太った貫禄のある女性がいて、英語で対応してくれた。
すみません、ゆっくりめのフランス語でと断り、次の村の宿を頼むが、
一軒しかない宿はまだクローズとのこと。
その先のAumont-Aubracは大きな町だから宿はあるが、16km離れている。
今から歩くには遠すぎる。
私はがっくりして疲れと熱がいっぺんに出てきた。
貫禄満点のビッグな彼女は太い声で、この町で泊まるように力強く勧めた。
「予算は? ドミトリーとホテル、どっち?」
いつもなら迷わずドミトリーなのだが、疲れた私はホテルと答えていた。
彼女の迫力に押されたともいえる。
・・・紹介されたホテルに行ってみると。
なんと、さっきカフェオレを飲んだバールだった。
フロントはバールのカウンターの反対側にあった。
ひょろっとした気の弱そうな青年が受付にいて、いろいろ説明してくれた。
「エレベーターでしか上がれません」
「カードキーは夜10時過ぎると店の玄関からは使えません」
「裏口を使って」
「守らなかったらラルムだから注意」
わたし「ラルム?・・・ラルム?(larme 涙)」
青年 「アラルム!」
わたし「(最初のアが聞き取れず)ラルム?・・・何、涙って何?」
青年 「君、中国人? 僕アプリで翻訳して説明するよ!」
わたし「いやいや中国人じゃない。え? ラルム・・・う〜む?」
青年 「韓国人?」
わたし「(突然)わかった! Alarme! アラーム! ピーピーピーピー!」
青年 「ピーピーピー! そう、アラルム鳴るから気をつけて!」
部屋の窓からは、サンタルバン教会が目の前に見えた。
いい眺め。
シャワーを済ませたあと、いつものように散歩しようとホテルを出た。
すると上から私を呼ぶ声が。
見ると、ウルリケが隣の宿の窓から顔を出し、手を振っていた。
ウルリケが選んだ宿は寄付制で、こざっぱりした可愛い内装だった。
ここの方が良かったかもと思ったが・・・。
翌日、ウルリケ情報を聞き、自分の選択が正しかったとわかった。
その宿は暖房がなかったのだ。いや、あったがつけてくれなかったらしい。
最悪だったとウルリケはボヤいた。
私はホテルで快適だった。
なんといっても風邪をひいていたので、暖房は必須であったのだ。
だが・・・宿の夕食は最悪だった。
はっきりいって、今までの巡礼で一番まずかった。
手抜きでしょう、どう見ても。・・・犬のエサかと思ったよ〜。
今思うと・・・。
食事を作ってくれた宿のお姉さんはかわいかったけど、ちょっと疲れてた。
デザートのタルトと一緒にオレンジジュースをサービスしてくれたけど、
頼んでない水の料金はしっかり勘定に入ってた。
(ミネラルウォーターと水道水は別です。不要ならちゃんと断ること)
でもね。
その時は最悪だと思ったことも、今振り返るといい思い出になっているんだ。
あのお姉さんは私のことなど絶対忘れただろうけど、私は覚えてる。
私の中ではもう、いい思い出の人なんだ。
忘れないだろうな。
気の弱そうな「アラルム」青年のことも。
押しの強かった太った観光案内所の女性も。
本当は泊まるつもりのなかったサンタルバンの町。
ホテルの窓から見た美しい夕焼けと、私を呼んだウルリケの声。
忘れない。
この夜の私は、今までになくぐっすりと眠った。
ホテルのベッドはドミトリーと違って、やっぱり快適だった。